「私の云ったのはそうではない。お前さんのような由緒のある人を、乞食の身分に落とし入れた、世間のやつらが藪蚊だというので」
「え?」と乞食は眼を据えたが、
「この私が由緒のある。……」
「おい!」
「へい」
「正体を出せ!」
「何で?」と立とうとするところを、
「狢《むじな》め!」と一喝浴びせかけ、引き出した十手で、ガンと真向を! ……
「あぶねえ」と左へ開いたが、
「御冗談物で、親分さん」
「まだか!」
懐中の縄を飛ばせた。
「どうだァーッ」と気込んでその縄を引いたが、
「なんだ! こいつアー 青竹の杖か!」
乞食の両脚を搦んだものと、固く信じた松吉であったが、見れば見当が外れていた。乞食は青竹の杖を突いて悠然として立っている。その杖へ縄が搦まっている。万事意表に出たのである。
だがその次の瞬間に、もう一つ意外の出来事が起こり、ますます松吉の肝を冷やした。と云うのは岡引の松吉が、
「いよいよ手前!」と叱咤しながら、グーッと縄を引っ張った途端、スルリとばかり杖が抜け、ギラツク刀身が現われたからである。
「青竹仕込みの。……」
「偽物で。……」
「何を!」
「見なせえ!」と上州とい
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