の女が現われた。
「まあお嬢様!」と声をかけたが、やにわに品子を抱きしめると、二人ながらベタベタと崩折れた。
「乳母《ばあや》!」と呼んだが縋り付いた。
「お嬢様お嬢様! ……もう不可《いけ》ない! ……気が狂われた! お可哀そうに!」
「乳母!」と縋ったがうっとり[#「うっとり」に傍点]となった。
「献金しておくれよ! たくさんにねえ」
「どこへ?」と乳母は眼を見張った。
「お久美様へだよ。……ねえたくさんに。……」
すると乳母のお繁の顔へ、凄い微笑があらわれたが、
「はいはいよろしゅうございますとも」
だがその時ソロソロと、一方の襖があけられて、一人の男の顔が出た。薄|痘痕《あばた》のある顔である。気付いてお繁が顔を向けると、すぐに襖は閉ざされた。
「蔵番の東三だが、変だねえ」
何となく不安を感じたのだろう、お繁は頤《おとがい》を襟へ埋めたが、ちょうどこの頃宇和島鉄之進は、順賀橋《じゅんがばし》の辺りを歩いていた。
18[#「18」は縦中横]
本多|中務大輔《なかつかさだいふ》の邸を過ぎ、書替御役所の前を通り、南の方へ歩いて行く。
ヂリヂリと熱い夏の午後で、通ってい
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