」
「それでは、ただ今のお住居《すまい》は?」
「神田神保町の若菜屋でござる」
云いすてると宇和島鉄之進は、事情を審しく思ったのであろう、小首を傾げながら座を立った。
そこで、長吉は送って出たが、後に残った品子という娘が、不意に甲高い声を上げた。
「妾《わたし》には解《わか》る! 殺されていなさる! おお、お父様もお兄様も!」
フラフラと立つと眼を抑えた。
「お久美様の祟りだ、お久美様の祟りだ!」
フラフラと部屋から外へ出た。
水に螢をあしらった、京染の単衣が着崩れてい、島田髷さえ崩れている。後毛のかかった丸形の顔が、今はゲッソリ痩せている。優しく涼しい眼だったろう、それが一方を見詰めている。
足許さだまらず歩いて行く。
やがて襖をスルリと開けた。
「宇和島様!」と不意に呼んだ。
「綺麗な綺麗なお武家様!」
それからまたも甲高く、
「献金いたすでございましょう! お久美様お久美様お助け下され!」
また襖をスルリと開けた。奥庭の方へ行くのでもあろう。
その時衣摺れの音がして、すぐに一方の襖が開いたが、その風俗《みなり》で大概わかる、どうやら品子の乳母らしい、四十ぐらい
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