あこの女は狂信者だ! こう思わずにはいられないだろう。
女は、全身を現わしたのではない。二尺余り開いた戸の隙から、半身を覗かせているのであった。
「市郎右衛門! 市郎右衛門!」
その女が呼んだのである。喰い縛ったような声である。
すると、木立を押し分けて、一人の男が現われた。他でもない番頭であった。だが、相好が変っている。キョトキョト恐れおどついて[#「おどついて」に傍点]いた、先刻《さっき》までの番頭ではないのであった。
「お久美様!」と土下座をした。
「かようなことになろうとは……迂闊千万にございました」
「今は云わぬよ! 何にも云わぬよ! ……しかし生かしては置かれない! ……今日中に命を取《と》るがいい! ……手が入ったら一大事だ」
「手配り致すでございましょう。……それに致しても血刀は?」
「意外だったよ、妾《わたし》にしてからが! ……裸体《はだか》に剥かれた人間が……」
「お部屋にいたのでございますか?」
「で、切ったのだ! 剖《あば》いたからの」
「では宇和島と宣った武士で?」
市郎右衛門はギョッとしたらしい。
「妾は知らぬよ。……切っただけだよ。……手配りをお
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