土間を下りると雪駄を穿き、格子をあけると戸外《そと》へ出た。
 午前六時頃の日射しである。
 早朝だけに人通りが少なく、朝寝の家などは戸を閉ざしている。
 須田町から和泉《いずみ》橋、ずっと行って両国へ出たが、駕籠を拾うと走らせた。
「へいよろしゅうございます」
 駕籠屋に対しても丁寧である。酒手まではずんだ[#「はずんだ」に傍点]丁寧松は、駕籠を下りると歩き出した。


13[#「13」は縦中横]

 立派な旅籠屋が立っていた。
 すなわち目的の柏屋で、下女が店先で水を撒いてい、番頭が小僧を追い廻している。
「御免下さい」と声をかけ、丁寧松は帳場の前へ立った。
「宇和島様おいででございましょうか」
「へい」と云ったは番頭であった。ジロジロ松吉を見廻したのは、品定めをしたのに相違ない。
「ええどちら[#「どちら」に傍点]様でございますかな?」
 居るとも居ないとも返事をせず、相手の身分を訊いたのは、大事を執《と》ったためなのだろう。
 鼻が平らで眉が下っていて、人のよさそうな人相ではあったが、眼に一脈の凄味がある。大きな旅籠屋の番頭なのである。人が良いばかりでは勤まらない、食えな
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