むな」と若侍は、グット胸を反らせたが、
「厭だと云ったらどうなさる」
「さればさ」と云うと黒鴨の武士は、スラスラとスラスラ左手へ寄った。間《あわい》一間、そこで止まると、ピンと右手の肘を上げた。と自然に掌が、柄の頭へあてられた。薄っペラな態度や声にも似ず、腰が据わって足の踏まえ、ピッタリ定《き》まって立派な姿勢。上げた右肘で敵を圧し、全身を斜めに平めかせ、首を幾何《いくばく》か前方へ曲げ、額い越しに睨んで狙いすました。籠めた気合で抜き打ったら、厭でも太刀は若侍の、左胴へ入るに相違ない。根岸|兎角《とかく》を流祖とした、微塵《みじん》流での真の位、即ち「捩螺《れいら》」の構えである。
「ううむこいつは素晴らしい」
それと見て取った若侍は、こう思わず呟いたが、
「しかも不気味な腥《なまぐさ》い、殺気が鬱々と逼って来る。剣呑だな、油断は出来ない」
しかしよくよく若侍には、腕に自信があると見え、刀の柄へ手もかけず、ブラッとしたままで立っていた。
と、黒鴨の武士であるが、別に切り込んで行こうとはせず、あべこべ[#「あべこべ」に傍点]にヒョイと後退《あとじさ》ると、ダラリと両手を両脇へ下げ、
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