なあ。素性も明かさず理由も云わず、フラフラッと切ってかかったんだからなあ。……女で怨みを買ったことも、金で怨みを受けたことも、これ迄の俺にはなかったはずだ。……覆面姿から推察《おしはか》ると、こいつら辻切りの悪侍《わる》共かな? しかしそれにしては弱いわる[#「わる」に傍点]だ。……引っこ抜いてポーンと肩を撲ると、一人がゴロッと転がってしまい、もう一度ポーンと頭を撲るともう一人がゴロッと転がってしまい、もう一度ビーンと横面を張ると、三人目のお客さんがひっくり返ってしまった。……ああも弱いと安心だが、また何だか気の毒にもなる。それにさ、第一道化て見える」
ちょっと俯向き、何にもなかったというように、土に雪駄《せった》を吸い付かせ、若侍は歩き出した。
取り入れるのを忘れたのであろう、かなり間遠ではあるけれど、五月幟《さつきのぼり》がハタハタと、風に靡く音がした。
深夜だけにかえって物寂しい。
「そうだ今夜は宵節句だった」
これは声に出して云ったのである。
六七間も歩いたかしら、
「率爾ながら……」と呼ぶ声がした。
「しばらくお待ち下さるまいか」
四辺《あたり》を憚った恥《しの》
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