「なるほどね、なるほどね」
「あっし[#「あっし」に傍点]達の住居は軒下なんで。どこへでも寝ることが出来ますので」
「自由でよろしゅうございますなあ」
「昨夜《ゆうべ》寝たのが佐賀町河岸で」
「あああの辺りは景色がいい」
「と、侍が来かかりました」
「ナール、侍がね。……どうしました?」
「と、ムラムラと変な奴が出て、斬ってかかったんでございますよ」
「うむ、うむ、うむ、侍がね」
「と、スポーンと斬ったんで。侍の方が斬ったんで」
「冴えた腕だと見えますねえ」
「引け! というので引いてしまいました。その現われた連中の方が」
「衆寡敵せずの反対で」
「するとどうでしょう、提燈の火だ」
「ほほう提燈? 通行人のね?」
「加賀屋と書いてありましたんで」
「え」と云ったが松吉の眼は、この時ピカリと一閃した。
「加賀屋と書いてありましたかな」
12[#「12」は縦中横]
なおも乞食は云いつづけた。
「宇和島様でございましょうな、加賀屋からのお迎えでございます。……こう云ったではありませんか」
「ははあ提燈の持主がね?」
「へい左様でございますよ。……それから、侍を囲繞《とりかこ》んで、霊岸島の方へ行きましたので」
「霊岸島の方へ? 不思議ですなあ。加賀屋の本家も控えの寮も、霊岸島などにはなかったはずだが」
「これが好奇《ものずき》というのでしょう、後をつけた[#「つけた」に傍点]のでございますよ、人殺しをした侍が、どこへ落ち着くかと思いましてね」
「偉い」と松吉は手を拍った。
「ねえお菰さん、お菰さんを止めて、私の身内におなりなさいまし」
「これは」と乞食は苦笑したが、
「で、つけた[#「つけた」に傍点]のでございますよ」
「それで、どうでした、どこへ行きました?」
「へい、柏家へ入りました」
「柏家? なるほど、一流の旅籠《はたご》だ」
こうは云ったが考えた。
「ちょっと不思議な噂のある旅籠だ。……ところで、それからどうしました?」
「話と申せばこれだけなので」
ニンマリと乞食は笑ったが、
「親分さんは御親切で、どんな者にでもお逢いになり、話を聞いて下さるそうで。……仲間中での評判でしてね。……お為になれば結構と存じ」
「よく解《わか》りました、有難いことで。……これはほん[#「ほん」に傍点]の志で。……オイオイお梅さんお梅さん、このお客さんへお酒をお上げ。ええ
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