カツカとはいり、
「どうやらここではないらしい」
 奥の襖をまたあけた。
 と、現われたその部屋の遙か奥の正面にあたって何やら大勢|蠢《うごめ》く物がある。
「や、人か?」
 と仰天したが、普通の人間でもないらしい、あるいはキリキリと一本足で立ちあるいは黒髪を振り乱し、または巨大な官女の首が宙でフワフワ浮いている。
「ワッ、これは! 化物《ばけもの》だア!」
 思わず声を筒抜かせたがハッと気が付いて口を蔽い、
「千代田の城に化物部屋。おかしいなア」
 と見直したが、「ブッ、何んだ! 絵じゃねえか!」
 部屋一杯の大きさを持ち黄金《こがね》の額縁で飾られた百鬼夜行の絵であった。
「この絵がここにある上は六歌仙の軸もなくちゃならねえ」
 見廻す鼻先に墨踉あざやかに、六歌仙と箱書きした桐の箱。
「有難え!」
 と小脇に抱え忽ち部屋を飛び出したが、出合い頭に行き合ったのは五十位の老女であった。
「其許《そもじ》は誰じゃ?」
 と呼びかけられ、
「秋篠様のお末霜」
 云いすて向こうへ行こうとする。
「何を申す怪しい女子! かく申すこの妾《わし》こそ秋篠局のお末頭、其許《そもじ》のようなお末は知ら
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