?」
「私もそれを案じている」
「私もそれが心配です」
「といって私は是非出したい。……あなたさえ諾《うん》といってくれたら」
「さあ」
といったが三津五郎は応とも厭ともいわなかった。
ここは金龍山瓦町で、障子を開けると縁側越しに隅田川が流れている。
ぽかぽか暖かい小六月、十二月十二日とは思われない。
ははアさては成田屋め俺を抱き込みに来おったな。――こう三津五郎は思ったが別に腹も立たなかった。「これはいかさま成田屋としては『暫《しばらく》』を出しても見たいだろう。文政元年十一月に親父|白猿《はくえん》の十三回忌に碓氷《うすい》甚太郎定光で例の連詞《つらね》を述べたまま久しくお蔵になっていたのだからな。その連詞《つらね》が問題となり鼻高の幸四郎がお冠《かんむり》を曲げえらい騒ぎになりかけたものだ。なるほど、それを持ち出して上覧に入れようということになるとまたみんな大いに騒ぐかもしれない。しかし成田屋は父にも勝る珍らしい近世の名人だ。利己主義とそして贅沢《ぜいたく》が疵《きず》と云えば、大いに疵であるが大眼に見られないこともない。……それに俺とはばか[#「ばか」に傍点]に懇意だ。
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