、あれとて怪我の功名で」
「ええ誠に失礼ではござるが、貴所様が藪殿に相違ないという何か証拠はござりませぬかな?」
「証拠?」といって紋太郎ははたとばかりに当惑したが、「おお、そうそう吹矢筒がござる」
こういって懐中から取り出したのは常住座臥放したことのない鳥差しの丑《うし》から貰ったところの二尺八寸の吹矢筒であった。
「ははあこれが吹矢筒で? いやこれをご所持の上は何んの疑がいがございましょうぞ」
こういっている時一団の人数が粛々と此方《こなた》へ近寄って来たが、それと見て与力や同心が颯《さっ》っと下がって頭《かしら》を下げたのは高い身分のお方なのであろう。
「変わったことでもあったかの?」
こういいながら一人の武士が群れを離れて近寄って来た。どうやら一団の主人公らしい。
「は」といったのは与力の松倉で、「殿にもご承知でござりましょうが、藪紋太郎殿道に迷われた由にてこの辺を彷徨《さまよ》いおられましたれば……」
「ああこれこれ、その藪殿、どこにおられるな、どこにおられるな?」
そういう声音《こわね》に聞き覚えがあったので、
「ここにおります。……拙者藪紋太郎……」
「おお藪殿か
前へ
次へ
全111ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング