ている。
グルリと紋太郎を囲繞《とりま》いたが、
「この夜陰に何用あってここ辺りを彷徨《さまよ》われるな? お見受け致せばお武家のご様子、藩士かないしはご直参か、ご身分ご姓名お宣《なの》りなされい」
言葉の様子が役人らしい。
こいつはどうも悪いことになった。――こう紋太郎は思いながら、
「そういうお手前達は何人でござるな?」
心を落ち着けて訊き返した。
「南町奉行手附きの与力、拙者は松倉金右衛門、ここにいるは同心でござる」
「与力衆に同心衆、ははあさようでござるかな。……拙者は旗本藪紋太郎、実は道に迷いましてな」
「なに旗本の藪紋太郎殿? ははア」
といったがどうしたものかにわかに態度が慇懃《いんぎん》になった。しかしいくらか疑がわしそうに、
「お旗本の藪様とあっては当時世間に名高いお方、それに相違ござりませぬかな?」
「なになに一向有名ではござらぬ」紋太郎は闇の中で苦笑したが、「一向有名ではござらぬがな、藪紋太郎には間違いござらぬよ」
「吹矢のご名手と承わりましたが?」
「さよう、少々|仕《つかまつ》る」
「多摩川におけるご功名は児童走卒も存じおりますところ……」
「なんの
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