か強いぞ」
「えへへへ、どうですかね」
「こいつがこいつが悪い奴だ。笑うということがあるものか」
 などと紋太郎は職人相手に無邪気な話をするのであったが、心のうちにはちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]とこの時一つの目算《もくろみ》が出来上がっていた。


    深夜の写山楼

 明日ともいわずその日の夕方、藪紋太郎は邸を出て、写山楼へ行くことにした。
 当時写山楼の在り場所といえば、本郷駒込林町で、附近に有名な太田ノ原がある。太田道灌の邸跡でいまだに物凄い池などがあり、狐ぐらいは住んでいる筈だ。
 さて紋太郎は出かけたものの本所割下水から本郷までと云えばほとんど江戸の端《はし》から端でなかなか早速には行き着くことが出来ない。それで途中から駕籠に乗ったがこの駕籠賃随分高かったそうだ。
 本郷追分で駕籠を下りた頃にはとうに初夜《しょや》を過ごしていた。季節は極月《ごくげつ》にはいったばかり、月も星もない闇の夜で雪催いの秩父|颪《おろし》がビューッと横なぐりに吹いて来るごとに、思わず身顫いが出ようという一年中での寒い盛り。……
「好奇《ものずき》の冒険でもやろうというには、ちとどうも今夜は寒
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