た筈だ。……ふうむ、さようか、写山楼で、さような大普請をなされたかな。……えっと、ところで、その写山楼に、痩せた気味の悪い老人が一人住んではいないかな?」
「さあそいつは解らねえ。何しろあそこのお邸へは、種々雑多な人間がのべつ[#「のべつ」に傍点]にお出入りするのでね」――職人だけに物のいい方が、飾り気がなくぞんざい[#「ぞんざい」に傍点]である。
「おお、そうであろうそうであろう。これは聞く方が悪かった。……文晁先生は当代の巨匠、先生の一|顧《こ》を受けようと、あらゆる階級の人間が伺向するということだ」
「へえへえ旦那のおっしゃる通りいろいろの人が参詣します。武士《りゃんこ》も行くし商人《あきんど》も行くし、茶屋の女将《おかみ》や力士《すもうとり》や俳優《やくしゃ》なんかも参りますよ。ええとそれからヤットーの先生。……」
「何だそれは? ヤットーとは?」
「剣術使いでございますよ」
「剣術使いがヤットーか、なるほどこれは面白いな」
「ヤットー、ヤットー、お面お胴。こういって撲りっこをしますからね」
「それがすなわち剣術の稽古だ」
「それじゃ旦那もおやりですかね?」
「俺もやる。なかな
前へ 次へ
全111ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング