で」ひょこん[#「ひょこん」に傍点]と一つ頭を下げ、「泥棒なら向こうへ行きやしたぜ」主屋の方を指差した。
「うん、そうか」と行きかかる。とたんに聞こえて来る専斎の声。
「その爺《おやじ》を捕まえろ! その爺が泥棒だ!」
あっ[#「あっ」に傍点]と云って振り返った時には、爺の姿は遙か向こうの塀の裾に見えていた。それ[#「それ」に傍点]っと云うので追っかける。その後から専斎が喘《あえ》ぎ喘ぎ走る。
貧乏神は塀際に立ち、一丈に余る黒板塀をじっとその眼で計っていたが、若々しい鋭い元気のよい声で「ヤッ」と一声かけたかと思うと手掛かりもない塀の面をスーッと頂上《てっぺん》まで駈け上がったがそこでぐるり[#「ぐるり」に傍点]と振り返り、きわめて劇的の身振りをすると、
「馬鹿め! アッハハ」と哄笑し、笑いの声の消えないうちに隣家の庭へ飛び下りた。
ようやく駈け付けた専斎は、
「藪殿! 藪殿! ご隣家の藪殿!」涸れ声を絞って呼びかけた。「賊がそちらへ逃げ込んでござる! 取り抑えくだされ取り抑えくだされ! それ一同表へ廻り藪殿お邸へ取り詰めるがよい!」
この時紋太郎は部屋にいたが、「泥棒!」とい
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