がり、恐さも忘れて組み付いた。ひょい[#「ひょい」に傍点]と飜《かわ》した身の軽さ。フワリと一つ団扇《うちわ》で煽《あお》ぎ、
「これこれ何んだ勿体ない! 俺は神じゃぞ貧乏神じゃ! 燈明を上げい、お燈明をな! 隣家の藪殿を見習うがよい。フフフフ、へぼ[#「へぼ」に傍点]医者殿」
禍福塀一重
お菊に軸を盗まれて以来、家族の者は一様に神経質になっていたが、「泥棒」という専斎の声が主人の部屋から聞こえると共に一斉に外へ飛び出した。出口入り口を固めたのである。
「庭へ出た! 裏庭へ廻れ!」専斎の声がまた聞こえた。
その裏庭には屈強の弟子が三人まで固めていたが、薄穢いよぼよぼの老人が築山の裾をぐるりと廻り此方《こなた》へチョコチョコ走って来るので、不審の顔を見合わせた。
「まさか彼奴《きゃつ》じゃあるまいね」佐伯と云うのが囁いた。
「そうさ、あいつじゃあるまいよ。泥棒にしちゃ威勢が悪い」本田と云うのが囁き返す。
「しかし」と云ったのは山内というので、「変に見慣れない爺《じじい》じゃないか」
その見慣れない変な爺《おやじ》はスーッとこの時走り寄って来たが、
「へい、皆様ご苦労様
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