たので、その祟りが来たのでもあろうか、(いや、そうでもないらしいが)とにかく専斎の身の上に一つの喜悲劇が起こったのはそれから間もなくのことであった。
その日、専斎は六歌仙のうち、手に残った黒主の軸を床の間へかけて眺めていた。
「うむ、いつ見ても悪くはないな。それにしても惜しいのはお菊に盗まれた小野小町だ」
いつも思う事をその時も思い、飽かず画面に見入っていた。もうその時は点燈頃《ひともしごろ》で、部屋の中は暗かったが、彼は故意《わざ》と火を呼ばず、黄昏《たそがれ》の微光の射し込む中でいつまでも坐って眺めていた。
と、あろう事かあるまい事か、彼の眼の前で大友黒主が、次第に薄れて行くではないか。
「おやおや変だぞ。これはおかしい」
驚いて見ているそのうちに黒主の絵は全く消え似ても似つかぬ異形の人物が朦朧《もうろう》とその後へ現われたが、よく見ればこれぞ貧乏神で、ニタリと一つ気味悪く笑うとスルスルと画面から抜け出した。見る見るうちに大きくなり、ニョッキリ前へ立ちはだかっ[#「はだかっ」に傍点]た。
それが横へ逸《そ》れるかと思うと、庭の方へ歩いて行く。
「泥棒!」
とばかり飛び上
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