黄金色じゃ。……細い細い突き傷が一つ。そのまた傷の鋭さときたら。おおそうそうそっくりそうだ! 藪殿が得意でおやりになるあの吹矢で射ったような傷! それを療治しましたのさ。……ところで私はその邸で珍らしいものを見ましたよ。六歌仙の軸を見ましたのさ。……見たといえばもう一つ貧乏神を見ましてな。いやこれには嚇《おど》かされましたよ。……邸からして不気味でしてな。百畳敷の新築の座敷に金屏風が一枚立ててある。その裾の辺に老人がいる。十徳を着た痩せた武士でな。その陰々としていることは。まず幽霊とはあんなものですかね」
 こんな調子に専斎は、恐ろしかった昨夜の経験を悉く紋太郎に話したものである。
 紋太郎は黙って聞いていたが、彼の心中にはこの時一つの恐ろしい疑問が湧いたのであった。
 彼は自分の家へ帰ると部屋の中へ閉じ籠もり何やら熱心に考え出した。それから図面を調べ出した。江戸市中の図面である。
 それから彼は暇にまかせて江戸市中を歩き廻った。

 今夜のことご他言無用、もし他言なされる時は御身《おんみ》のためよろしくござらぬと、痩せた老人に注意されたのを、その翌日他愛なく破り、一切紋太郎にぶちまけ
前へ 次へ
全111ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング