ものではござらぬかな」
 紋太郎はこう云って専斎を見た。いつもなら喜んでくれる筈のその専斎が今日に限って、あらぬことでも考えているようにとほん[#「とほん」に傍点]としてろくろく返辞さえしない。


    紋太郎熟慮

 これはおかしいと思ったので、
「専斎先生どうなされましたな? お顔の色が勝れぬが?」
「いや」と専斎はちょっとあわて、「実に全くこの世の中には不思議なことがござりますなア」
 取って付けたようにこう云ったが、
「藪殿、実はな、この私《わし》にも不思議なことがあったのでござるよ」
「ははあ、不思議とおっしゃいますと?」紋太郎は聞き耳[#「聞き耳」は底本では「聞み耳」]を立てる。
「……それがどうもいえませんて、口止めをされておりますのでな」
「なるほど、それではいえますまい」
「ところが私《わし》としてはいいたいのじゃ」
「秘密というものはいってしまいたいもので」
「一人で胸に持っているのがどうにも私には不安でな。――昨夜、それも夜中でござるが、化物屋敷へ行きましてな、不思議な怪我人を療治しました。……無論人間には相違ないが、肌が美しい桃色でな。それに産毛《うぶげ》が
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