めに出て来るものか。
忽然この時林の中から一人の若者が走り出た。すなわち藪紋太郎である。
紋太郎は遙か彼方《あなた》から此方《こなた》に向かって一礼したが、その眼を返すと空を睨んだ。二尺八寸短い吹筒、つと[#「つと」に傍点]唇へ当てたかと思うと大きく呼吸《いき》をしたらしい。ぴかりと光った白い物。それが空を縫ったらしい。その瞬間に恐ろしい悲鳴が空の上から落ちて来た。と、その刹那空の化鳥が一つ大きく左右に揺れたが、そのままユラユラと落ちて来た。しかしそこは劫《ごう》を経た化鳥、地へ落ちて死骸を曝らそうとはしない。さも苦しそうに喘ぎ喘ぎ地上十間の低い宙を河原の方へ翔けて行く。そうしてそれでも辛うじて広い河原を向こうへ越すと暮れ逼《せま》って来た薄闇の中へ負傷《いたで》の姿を掻き消した。
どんなに大御所が喜んだか? どんなに紋太郎が褒められたか? くだくだしく書くにも及ぶまい。
「紋太郎とやら、見事見事! 遠慮はいらぬ褒美を望め!」破格をもって家斉公は直々言葉を掛けたものである。
「私、無役にござりまする。軽い役目に仰せ付けられ、上様おため粉骨砕身、お役を勤むる事出来ましたなら有難き
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