儀に存じまする」これが紋太郎の希望《のぞみ》であった。
「神妙の願い、追って沙汰する」
これが家斉の言葉である。
はたして翌日若年寄から紋太郎へ宛てて差紙《さしがみ》が来た。恐る恐る出頭すると特に百石のご加増があり尚その上に役付けられた。西丸詰め御書院番、役高三百俵というのである。
邸へ帰ると紋太郎は急いで神棚へ燈明を上げた。貧乏神への礼心である。
奇怪な迎駕籠
ある夜、奥医師専斎の邸へ駕籠が二挺横着けされた。一つの駕籠は空であったが、もう一つの駕籠から現われたのは儒者風の立派な人物であった。
「大学頭《だいがくのかみ》林家より、参りましたものにござりまするが、なにとぞ先生のご来診を得たく、折り入ってお願い申し上げまする」
これが使者の口上であった。もうこの時は深夜であり、専斎は床にはいっていたが、断わることは出来なかった。同じ若年寄管轄でも、林家は三千五百石、比較にならない大身である。
で、専斎は衣服を整え薬籠を持って玄関へ出た。
「深夜ご苦労にござります」儒者風の使者《つかい》はこういって気の毒そうに会釈したが、「駕籠を釣らせて参りましてござる。いざお乗り
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