を云うと却って用人三右衛門の方が昔と反対《あべこべ》に慰めるのであった。
「なあに旦那様大丈夫ですよ。米屋も薪屋も醤油屋も近頃はこちらを信用して少しも催促致しませんので。一向平気でございますよ」
「どうやら米屋醤油屋が一番お前には恐いらしいな」
「へい、そりゃ申すまでもございませんな。生命《いのち》の糧《かて》でございますもの」
「腹が減っては戦は出来ぬ。ちゃんと昔からいっておるのう」
大御所家斉公
ある日、紋太郎は吹筒を携《たずさ》え多摩川の方へ出かけて行った。
多摩川に曝《さら》す手作りさらさらに何ぞこの女《こ》の許多《ここだ》恋《かな》しき。こう万葉に詠まれたところのその景色のよい多摩川で彼は終日狩り暮した。
「さてそろそろ帰ろうかな」
こう口へ出して呟いた頃には、暮れるに早い秋の陽がすっかり西に傾いて、諸所に立っている森や林へ夕霧が蒼くかかっていた。そうして彼の獲物袋には、鶸《ひわ》、鶫《つぐみ》、※[#「けものへん+葛」、第3水準1−87−81]《かり》などがはち切れるほどに詰まっていた。
林から野良へ出ようとした時彼は大勢の足音を聞いた。見れば鷹狩りの
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