、三右衛、こういう訳だ。実は喜撰を掠《す》られたので俺もひどく悄気《しょげ》たものさ。といってノメノメ帰られもしないで、知行所へ行って見るとどうした風の吹き廻しか、いつもは渋る嘉右衛門が二つ返辞で承知をしてくれ、いい出した倍の二百両というもの融通をしてくれたではないか。その上でのいい草がいい。――今年はご出世なさいますよとな。……で、俺が何故と訊いて見ると、何故だかそれは解りませぬと、こういって澄ましているではないか。……三右衛安心をするがいいぞ。どうやら貧乏の俺の家もこれから運に向かうらしい。貧乏神めもそういったからの」

 こうして春去り夏が来た。その夏も逝《い》って秋となった。
 小鳥狩りの季節となったのである。
 ちょっと来かかった福の神も何かで機嫌を害したと見え、あの時以来紋太郎の家へはこれという好運も向いて来なかったので、依然たる貧乏世帯。しかしあの時の二百両で諸方の借金を払ったのでどこからもガミガミ催促には来ない。それで昨今の生活《くらし》振りは案外|暢気《のんき》というものであった。
「おい三右衛困ったな。ちっとも好運がやって来ないじゃないか」
 時々紋太郎がこんなこと
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