老人はスバスバ吸い付ける。
「へい、お有難う存じます」
 声までが無気味の調子である。
 二人は黙って腰かけている。
「どうもこいつは驚いたな。除《よ》けても除けても着きまとって来る。まるで俺の運命のようだ」
 紋太郎は不快に思いながら咎めることも出来ないのでやはり黙って腰かけていた。
 と、老人が話しかけた。
「熊谷《くまがや》へおいででございますかな。それはそれはご苦労のことで。それに致しても三時立ちとは随分お早うございましたなあ」
「何?」
 といったが紋太郎これにはいささか驚いた。
「いかにも俺は三時に立ったがどうしてそれを知っているな?」
「へへへへへ、まだまだ沢山存じております。例えば今朝ご出立の時、アノ用人の三右衛門様が、何にあわてたのか大変あわてて鴨居で額をお打ちなされたので、『三右衛門はしたない、気を付けるがよいぞ』と、こう旦那様がおっしゃいました筈で」
「いかにもそういうこともあった」
「ええと、昨夜はご隣家へ泥棒がはいって大事な物を――見事な幅を確か一幅盗んで行った筈でございますよ」
「おおおお、いかにもその通りじゃ」
「盗まれた絵は小野小町土佐の名筆でございまし
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