小間使いが余り妖艶であったので、それとなく彼が名を訊くと「菊」と答えて引き退ったのを今に覚えているからである。
「さよう菊でございますよ」
専斎はこう云って渋面を作った。「少しく美しすぎましたよ」
「で、奪われた品物は?」
「それがさ」と専斎は渋面を深め、「六歌仙の幅を盗まれてござる」
「ほほう」とこれには紋太郎も吃驚《びっくり》したように目を見張った。
「では小町と黒主をな?」
「いや、黒主は助かりました。他へ預けて置きましたでな」
専斎は今日は言葉少い。ひどく落胆《きおち》しているらしい。
自宅《うち》へ帰って来た紋太郎はニヤニヤ笑いを洩らしている。皮肉の笑いとも受け取られ笑止の表情とも見受けられる。
ひょいと床脇の地袋を開け桐の箱を取り出すと、一本の軸を抜き出した。手捌きも鮮やかにサラサラと軸を解き延ばすと土佐の名手が描いたらしい喜撰法師の画像が出た。じっと見詰めているうちに紋太郎の口から溜息に似た感嘆の声がふと洩れた。
「名画というものは恐ろしいものだ。見れば見るほど見栄えがする」
云いながら静かに立ち上がり床の間へ掛けて改めて見る。
「旦那様」
と襖越しに三右衛
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