恰好の坊主。これが主人の専斎で、奥医師で五百俵、役高を加えて七百俵、若年寄直轄で法印の官を持っている。
「おおこれは藪殿で。ひどい目に遭いましてな。が、まずまずお上がりくだされ」
「さようでござるかな。ではちょっと」こういうと紋太郎はつと上がった。隣家ではあり碁友達でもあり日頃から二人は親しいのであった。
「早速のお見舞い有難いことで」
座が定まると改めてこう専斎は礼を述べた。が続いて物語った盗難の話は紋太郎の好奇心を少からず唆《そそ》った。
――勝《すぐ》れて美しい若い女を小間使いとして雇い入れたところ、思いがけなくもその女が二の腕かけて背中一杯朱入りの刺青《ほりもの》をしていたそうで、計らず見付けた女中の一人が驚いて専斎へ耳打ちしたので、専斎も大いに仰天し、暇をくれたのが昨夜のこと。その夜更けて起こったのが盗難騒ぎだというのである。
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「その美しい小間使いというはお菊のことではござらぬかな」一通り話を聞いてしまうと紋太郎はこう尋ねた。紋太郎はお菊を知っていた。いつものようにそれは今から十日ほど前、囲碁に招かれ遠慮なく座敷へ通った時、茶を運んで来た
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