蕩は嫌い、好きなものは武道と学問。わけても陽明学を好み、傍ら大槻玄沢《おおつきげんたく》の弟子杉田|忠恕《ちゅうじょ》の邸へ通って蘭学を修めようというのだから鷹にしても上の部だ。
二十八歳の男盛り。縹緻《おとこぶり》もまんざら捨てたものではない。丈《せい》は高く肉付きもよく馬上槍でも取らせたら八万騎の中でも目立つに違いない。
貧しい生活《くらし》をしているにも似ず性質はきわめて快活で鬱勃《うつぼつ》たる覇気も持っていたが、そこは学問をしただけに露骨にそんなものを表面《おもて》へは出さない。
「ご免」
と紋太郎は声を掛けた。奥でガヤガヤ話し声はするが誰も玄関へ出て来ない。「頼む」ともう一度声を掛けた。――と、今度は足音がして書生がひょっくり顔を出したが、
「これはご隣家の藪様で」
「昨夜盗難に遭われたとの事、ご家内に別状はござらぬかな?」
「はい有難う存じます。怪我人とてはございませぬが……」
「おおそれなれば何より重畳《ちょうじょう》。そうして賊は捕らえましたかな?」
「いえ」
と云った時、奥の方から専斎の声が聞こえて来た。「どなたかおいでなされたかな?」
ヌッと現われた五十
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