門が呼ぶ声が聞こえて来た。「開けましてもよろしゅうございますかな」
「うん」と云ったまま紋太郎は尚喜撰に見入っている。
「おや、喜撰様でございますか」
はいって来た三右衛門も感心し膝をついてじっとなった。しばらく室は静かである。
「三右衛」と紋太郎はやがて云った。「何んと立派なものではないかな」
云われて三右衛門は頭を下げたが、
「立派なものでございます。……ところが喜撰と申しますお方は、どういうお方でございましょうか」
「世捨て人だよ。宇治山のな」
「ははあ、さようでございますかな」
「嵯峨天皇弘仁年間山城の宇治に住んでいた僧だ。橘《たちばな》奈良丸の子とも云われ紀ノ名虎の子とも云われ素性ははっきり解らない」
「さては無頼者《やくざもの》でござりますな」
「莫迦を申せ。有名な歌人だ」
紋太郎は哄笑する。三右衛門はテレて鬢を掻く。で部屋の中は静かになった。梅花を散らす早春の風が裏庭の花木へ当たると見えてサラサラサラサラサラサラという枝擦れの音が聞こえて来る。植え込みの中で啼いていると見えて鶯の声が聞こえて来る。若鶯《じゃくおう》と見え声が若い。
と、三右衛門は溜息をした。それか
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