にも出ない。
 二人は顔を見合わせた。
「どうもおかしい」
 といったのは、他ならぬ坂東三津太郎である。
「ほんとにこいつ[#「こいつ」に傍点]変梃だ」こういったのは小次郎である。
「もう一度お眼《め》を洗おうぜ」
「よかろう」
 というと、二人一緒に、ドンとそこへ胡坐《あぐら》をかいた。
 二人の前には六歌仙が、在原|業平《なりひら》、僧正遍昭、喜撰法師、大友黒主、文屋康秀、小野小町、こういう順序に置いてあったが信輔筆の名筆もズクズクに水に濡れている。
「六つ揃わば眼を洗え。――さあさあ水をかけるがいい」
「承わる」
 と小次郎は、傍《そば》の土瓶を取り上げた。
 六歌仙の眼へ水を注ぐ。と、不思議にも朦朧《もうろう》と各※[#二の字点、1−2−22]の絵の右の眼へ一つずつ文字が現われた。
 業平の眼へは「宝」の字が、遍昭の眼へは「隆」の字が、喜撰の眼へは「寺」の字が、黒主の眼へは「西」の字が、康秀の眼へは「一」の字が、そうして最後に小町の眼へは「町」という字があらわれた。
「やはりそうだ。間違いはない。――宝隆寺西一町。――この通りちゃアんとあらわれている。……そうしてここは宝隆寺か
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