えるということの、不得策であることを察していた。それに外国が内乱に乗じ、侵略の野心を逞しゅうし、大日本国の社稷《しゃしょく》をして危からしめるということを、特に最も心痛した。そこで幕臣第一の新知識、勝安房守に一切を任せ、自身は上野の寛永寺に蟄居し、恭順の意を示すことにした。
初名|義邦《よしくに》、通称は麟太郎《りんたろう》、後|安芳《やすよし》、号は海舟《かいしゅう》、幕末|従《じゅう》五|位下《いげ》安房守《あわのかみ》となり、軍艦奉行、陸軍総裁を経、さらに軍事取扱として、幕府陸海軍の実権を、文字通り一手に握っていたのが、当時の勝安房守安芳であった。武術は島田虎之助に学び、蘭学は永井青涯に師事し、一世を空《むなし》うする英雄であったが、慶喜に一切を任せられるに及び、大久保一翁、山岡鐡舟などと、東奔西走心胆を砕き、一方旗本の暴挙を訓め、他方官軍の江戸攻撃を食《く》い止めようと努力した。
幕臣の中過激な者は、その安房守の遣り口を、手ぬるいと攻撃するばかりでなく、徳川を売って官軍に従《つ》く獅子身中の虫だと云って、暗殺しようとさえ企てた。
それを避けなければならなかった。
日々幕
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