》めいた。水禽《みずどり》が眼ざめて騒ぎ出した。
二人は嬉しく幸福であった。
「さあ来てよ、貴郎のお家《うち》へ」
そこで、二人は舟を出て、石の階段を登って行った。
木戸を開けると裏庭で、柘榴《ざくろ》の花が咲いていた。
「寄っておいで、構やしないよ」
「いいえ不可《いけ》ませんわ、そんなこと」
二人は優しく争った。
やっぱり女は帰ることにした。一人で櫓櫂《ろかい》を繰《あやつ》って紫錦は湖水を引き返した。
どこか、裏庭の辺りから、口笛の音の聞こえてきたのは、それから間もないことであった。
「今時分誰だろう?」
楽しい空想に耽りながら、いつもの寝間の離座敷で、伊太郎は一人|臥《ふせ》っていた。
ヒューヒュー、ヒューヒューとなお聞こえる。
と、コトンと音がした。庭に向いた窓らしい。「はてな?」と思って眼を遣ると、障子へ一筋縞が出来た。細目に開けられた戸の隙から月光が蒼く射したのであろう。
「あ、不可《いけ》ない、泥棒かな」
すると光の縞の中へ、変な形があらわれた。
長い胴体、押し立てた尻尾、短い脚が動いている。と思った隙《ひま》もなくポックリと障子へ穴があいた。
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