その眼は消えていた。

15[#「15」は縦中横]

 やがて夕暮がやって来た。お暇をしなければならなかった。充分の未練を後へ残し、お錦は駕籠で帰って行った。
「よこしまの美であろうとも、美人はやっぱり好ましいものだ」
 義哉《よしや》はこんなことを想いながら、部屋に残っている脂粉の香に、うっとりと心をときめかした。
 思い出して三味線を取り上げると、さっきの続きを弾き出した。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]雁がとどけし玉章《たまづさ》は、小萩のたもとかるやかに、へんじ紫苑《しおん》も朝顔の、おくれさきなるうらみわび……
[#ここで字下げ終わり]
 ちょうどここまで引いて来た時、どうしたものか一の絃が、鈍い音を立ててブッツリと切れた。
「これはおかしい」と云いながら三味線の棹を膝へのせ、義哉は小首をかたむけた。
「一の絃の切れるのは、芽出度いことになっているが、どうもそうとは思われない」彼は何となく不安になった。「変ったことでもなければよいが」
 帰って行ったお錦のことが、妙に気になってならなかった。で、三味線を掻いて遺ると彼は急いで立ち上った。
「お花お花」と小
前へ 次へ
全111ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング