ろで紫錦よ気をおつけ。敵があるからな、敵があるからな。……で、もうこれで用はおえた。気をつけてお帰り、気を付けてな」
 そこでお錦は二品を貰い、急いで部屋を抜け出した。
 送るというのをことわって[#「ことわって」に傍点]、義哉《よしや》と一緒に帰ることにした。
 森然《しん》とふけた夜の町を、二人は並んで歩いて行った。
 義哉から見たお錦という女は、どうにも不思議な女であった。華美な身装、濃艶《のうえん》な縹緻、それから推《お》すと良家の娘で、令嬢と云ってもよい程であったが、その大胆な行動や、物に臆《お》じない振舞から見れば素人娘とは受け取れない。
「不思議だな、見当がつかない。……だが実に美しいものだ。しかしこの美には毒がある。触れた男を傷つける美だ」
 肩をならべて歩きながらも、警戒せざるを得なかった。
「ところで住居《すまい》はどの辺りかな?」
 こらえられずに訊いてみた。
「ハイ、日本橋でございます」
「日本橋はどの辺りかな?」
「あの伊丹屋という酒問屋で」
「はあ、伊丹屋、さようでござるか」
 義哉はちょっとびっくりした。伊丹屋といえば大家である。その名は彼にも聞えていた。
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