ある。他でもねえこの箱だ」
 布団の下から取り出したのは、神代杉《じんだいすぎ》の手箱であった。
「これをお前に遣ることにする。大事にしまっておくがいい。そうして俺が死んだ後で、窃《こっそ》りひらいて見るがいい。お前を幸福《しあわせ》にしようからな」
 ここでちょっと憂鬱になったが、
「そうだ、そうしてこの箱をひらくと、お前の本当の素性もわかる。もっともそいつ[#「そいつ」に傍点]はかえってお前を不幸《ふしあわせ》にするかもしれねえがな。……だが[#「だが」に傍点]それも仕方がねえ」
「爺つあん」はしばらく黙り込んだ。
 それからソロソロと手を延ばすと、指先を畳目へ差し込んだ。それからじっと[#「じっと」に傍点]聞き耳を澄まし四辺《あたり》の様子をうかがってから、ヒョイと畳目から指を抜いた。
「これを」と「爺つあん」は囁くように云った。「早くお取りこの鍵を!」
 見ると「爺つあん」は指先に小さい鍵を摘まんでいた。
「箱も大事だが鍵も大事だ。鍵の方がいっそ[#「いっそ」に傍点]大事だ。だから別々にしまって置くがいい。この鍵でなければこの箱は、どんなことをしても開かないんだからな、……とこ
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