でこう怒鳴《どな》ったが、でもやっぱり黙っていた。
しかし「爺つあん」は態度を変えず、同じ調子で云いつづけた。「聞けばお前は日本橋の伊丹屋さんにいるそうだが、この上もない結構なことだ。辛抱して可愛がられ、嫁になるように心掛けなければならねえ」ここでちょっと言葉を切ったが、「ところでお前は二の腕に、大きな痣があるだろうな?」
「ええ」と初めてお錦は云った。「大きな痣がありますわ。どうしてそんなこと知っているんでしょう?」
「私はな」と「爺つあん」は微笑しながら「そうだ、私はな、お前のことなら、どんなことでも知ってるよ」
確信のあるらしい調子であった。
で、お錦は怪しみながらも改めてつくづくと「爺つあん」を見た。しかしやはりその老人は、彼女にとっては見覚えがなかった。
11[#「11」は縦中横]
「紫錦《しきん》」と「爺《とっ》つあん」は云いつづけた。「俺の命は永かあねえ、胃の腑に腫物《できもの》が出来たんだからな。で俺はじきに死ぬ。また死んでも惜しかあねえ。俺のような悪党は、なるだけ早く死んだ方が、かえって人助けというものだ。それで死ぬのは惜しかあねえが、ここに一つ惜しいものが
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