小屋者からお姫様か」
「そういきたいね、心掛けだけは」
 小屋の方へ二人は歩いて行った。
 源太夫というのは通名《とおりな》で、彼の実名は熊五郎であった。親方には実の甥で、紫錦とは従兄弟にあたっていた。
 その翌晩のことであるが、また同じ桔梗屋から紫錦にお座敷がかかって来た。
「行っちゃ不可《いけ》ねえ、断っちめえ」
 熊五郎は止めにかかった。
「いい加減におしよ、芸人じゃないか」
 紫錦は衣裳を着換えると、念入りにお化粧をし、熊五郎に構《かま》わず出かけて行った。
 気を悪くしたのは熊五郎であった。
「へん、どうするか見やアがれ」
 恐ろしい見幕《けんまく》で怒鳴《どな》り声をあげた。



 同じ一座の道化役、巾着《きんちゃく》頭のトン公《こう》は、夜中にフイと眼を覚ました。
 ヒューヒュー、ヒューヒュー、ヒューヒューと、口笛の音が聞こえてきた。
「はアてね、こいつアおかしいぞ」
 首を擡《もた》げて聞き澄ましたが、にわかにムックリ起き上った。周囲《まわり》を見ると女太夫共が、昼の劇《はげ》しい労働に疲労《つかれ》、姿態《なりふり》構わぬ有様で、大|鼾《いびき》で睡っていた。
 
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