お前さんは」
「何を云いやがるんでえ、箆棒《べらぼう》め、誰のための苦労だと思う」
「アラアラお前さん怒ったの」
面白そうに笑い出した。
「おい紫錦、気を付けろよ、いつも道化じゃいねえからな」
「紋切型さね、珍らしくもない」
紫錦はすっかり嘗めていた。
ところでその晩のことであるが、桔梗屋《ききょうや》という土地の茶屋から、紫錦へお座敷がかかって来た。
「きっとあの人に相違《ちがい》ないよ」こう思いながら行って見ると、果して座敷に伊太郎がいた。
さすがに大家の若旦那だけに、万事|鷹様《おうよう》に出来ていた。
酒を飲んで、世間話をして――いやらしいことなどは一言も云わず、初夜前に別れたのである。
ホロ酔い機嫌で茶屋を出ると、ぱったり源太夫と邂逅《でっくわ》した。待ち伏せをしていたらしい。
「源ちゃんじゃないか、どうしたのさ」
「うん」と彼イライラしそうに「彼奴《あいつ》だったろう? え、客は?」
「言葉が悪いね、気をお付けよ。彼奴だろうは酷《ひど》かろう」紫錦は爪楊枝《つまようじ》を噛みしめた。
「いつお前お姫様になったえ」源太夫も皮肉に出た。
「たった今さ。悪いかえ」
「
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