「どうともなれ。勝手にしやアがれ」
 そこは小屋者の猛烈性で、こんな事を思いながら、案外|暢気《のんき》に寝そべっていた。
「ご大家様のお坊ちゃん、今こそ妾《わたし》に夢中になって、夫婦になろうの駆落しようのと、血道をあげているけれど、その中《うち》きっと厭になるよ。そうしたら捨てるに違いない。捨てられたら元々通り小屋者の身分へ帰らなけりゃならない。いつ迄も小屋者でいるくらいなら、死んだ方が増じゃないか」
 雨と泡沫《しぶき》で彼女の体は、漬けたように濡れてしまった。
「おや」
 と彼女は顔を上げた。空が俄かに赤くなったからで、見れば遙か町の一点が、焔を上げて燃えていた。
「おやおやこんな晩に火事を出したんだよ。何て間抜けな人足だろう。アラ、驚いた、小屋じゃないか!」

 正《まさ》しく火事を出したのは、女軽業の掛小屋であった。
 役人達が遣って来て、立退きを命ずると、急に彼等は周章《あわ》て出した。そうして役人に反抗し、突然小屋へ火を掛けた。これには役人達も驚いたが、しかし事情はすぐ解《わか》った。この時代の小屋者の常で、彼等は反面、賊でもあった。で盗み蓄めた品物が、小屋に隠されて
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