見たから知っています」
 お琴は飽く迄も云うのであった。

 紫錦はこれ迄は源太夫《げんだゆう》を別に嫌ってはいなかった。しかし今度の遣り口で、すっかり愛想を尽かしてしまった。
「甚助《じんすけ》め! 飛んでもねえ奴だ!」
 そこで、自然の反動として、伊太郎へ好意を持つようになった。
 その伊太郎は、本来は、小心で憂鬱の質《たち》であった。朋輩|交際《つきあい》で芸者などは買ったが、深入りなどはしたことがない。それだのに今度の紫錦ばかりは、そういう事にいかなかった。つまりぞっこん[#「ぞっこん」に傍点]惚れ込んだのであった。
 こういう男女の落ち行く先は、古来往来《ここんおうらい》同一《ひとつ》である。夫婦になれなければ心中である。
 驚いたのはお琴であった。
 彼女は窃《こっそ》り訴え出た。「娘を誘拐《かどわか》した同じ一座が、今度は息子を誑《たぶら》かそうとします。どうぞお取締まり下さいますように」と。
 勿論官では取り上げなかった。しかし全然別の理由から、立退きを命ずることにした。
 この一座が掛かって以来、にわかに盗難が多くなって、風紀上面白くない。だから追い払おうと云うのであ
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