一座の親方って奴はね。ちょっと私とも知己《しりあい》なんで。釜無《かまなし》の文《ぶん》というんでさ。……ああ本当に飛んだことをした。みんな私が悪かったんで、つい迂闊《うっか》り口を走《すべ》らしたんでね」
彼はこう云って口惜《くや》しがった。
その後伊丹屋では親類から、伊太郎という養子を迎え、間もなく江戸へ移り住んだが、お染のことは今日が日まで忘れたことはないのであった。
「……こういう事情があるのだもの、妾《わたし》が鼬を恐がったり、女軽業を憎むのは、ちっとも無理ではないじゃないかえ」
母のお琴は辛そうに云った。
「だからさ、お前もその意《つもり》で、そんな小屋者の紫錦《しきん》なんて女を、近付けないようにしておくれよ。どうぞどうぞお願いですからね」
「だってお母さん不可《いけ》ませんよ」伊太郎はやっぱり反対した。「私は紫錦が好きなんですもの。それにその女は見た所、悪い女じゃありませんよ」
「きっと悪い女ですよ」
「第一その時の女軽業と、今度の軽業の一座とは、別物に相違ありませんよ」
「鼬を使うとお云いじゃないか」
「それだって別の鼬ですよ」
「いいえ同じ鼬です。妾《わたし》
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