はそこで説明した。
先夜小堀義哉の家へ、変な泥棒が入ったこと、金も衣類も持って行かずに、この箱ばかり狙ったこと、そこで策略を巡らして、泥棒に贋物を握らせた事、そうして本物は窃《こっそ》りと、自分が隠して置いた事、義哉へ箱を預けたのが、日本橋の大老舗《おおしにせ》、伊丹屋の娘だということなどを、細々《こまごま》と説明したのであった。
「ふうむ、そうかい、なるほどなあ。そう聞くとちょっと不思議だなあ。とんだ手蔓《てづる》にぶつかるかもしれねえ。だが何にしても蓋《ふた》をあけて、中味を拝見しなけりゃあ」
そこで錠前をコヂ開けようとした。しかし錠は開かなかった。
「こいつアいけねえ、千枚錠だ。どんなことをしても開くものじゃあねえ。千枚錠ときたひにゃあ、合鍵だって役に立たねえ。箱を潰すのはワケはねえが、中味が何だか解《わか》らねえからな、そいつもちょっと手控えだ。……ところで鍵はなかったのかい?」
25[#「25」は縦中横]
「ええ、それがなかったんですよ」
「探したらどこかにあるだろう。帰って窃《こっそ》り探して見な」
「そうねえ、それじゃ探してみよう」
永い春の日の暮れかかった頃、お花は屋敷へ帰って行った。
数日経ったある日のこと、駕籠に乗った伊丹屋のお錦《きん》が、義哉《よしや》の屋敷へ訪れて来た。
その後やはり気分が悪く、今迄寝ていたということであった。
「これでございますの、手箱の鍵は」
お錦はこう云って鍵を出した。
義哉はそこで事情を話した。
「おや、マアさようでございましたか」お錦は意には介しなかった。元々気味の悪い老人から、偶然貰った手箱なのである。たいして惜しくも思わないのであった。それより彼女には義哉その人が、このもしく[#「このもしく」に傍点]も愛《いと》しくも思われるのであった。
二人は尽きず話をした。
伊丹屋の養女だということや、許嫁《いいなづけ》が生地なしだということや、生活《くらし》が退屈だということや、
――お錦はそんなことを問わず語りに話した。
「妾《わたくし》、近々伊丹屋の家を、出てしまうかもしれませんの」
「あなたが伊丹屋のお家を出て、一人住みでもなされたら、江戸中の若い男達は、相場を狂わせるでございましょうよ。……そうして貴女《あなた》は江戸中の女から、妬《そね》まれることでございましょうよ」
「お口の悪い何を仰有《おっしゃ》るやら。……でもきっと貴郎様は、おさげすみなさるでございましょうね。そうしてもうもうお屋敷へなど、お寄せ付けなされはしますまいね」
「どう致しまして私など、こっちから日参いたします」
「まあ嬉しゅうございますこと、嘘にもそう云っていただけると、どんなに心強いことでしょう」
塀外を金魚売が通って行った。そのふれ[#「ふれ」に傍点]声が聞えてきた。それは初夏の訪れであった。
後庭《こうてい》には藤が咲きかけてい、池の畔《みぎわ》の燕子花《えんしか》も、紫の蕾を破ろうとしていた。
すると、その時縁側の方から、微《かすか》な衣擦れの音がした。
「お花か※[#感嘆符二つ、1−8−75]」と義哉は気不味《きまず》そうに云った。
「はい、お呼びかと存じまして」
「呼びはしない。向うへ行っておいで」
お花の立去る気勢《けはい》がした。
鍵を義哉へ預けたまま、お錦も間もなく帰って行った。
その翌日の夕方であった。
神田小川町の友蔵の家へ、お花はとつかわ[#「とつかわ」に傍点]と入って行った。
「兄さんこれなのよ[#「兄さんこれなのよ」は底本では「兄さんれこれなのよ」]、手箱の鍵は」こう云ってお花は鍵を出した。
お錦が義哉へ預けて行った、例の手箱の鍵であった。ちょっとの隙を窺って、それをお花が盗み出したのである。
「どれ」と云うと友蔵はお花の手から鍵を取った。それから立ち上って隣部屋へ行き、地袋《じぶくろ》から手箱を取り出して来た。
固唾を呑まざるを得なかった。何が箱から出るだろう? 高価な品物であろうかも知れぬ。それとも恐ろしい秘密だろうか?
友蔵は鍵を錠へかった[#「かった」に傍点]。と、カチリと音がして、箱の蓋がポンと開いた。
一葉の地図が入れてあって、そうしてその他には何にも無かった。
「地図じゃないの、つまらない」
お花はガッカリして声を上げた。
26[#「26」は縦中横]
「そうでねえ」と友蔵は云った。彼は岡っ引という商売柄、こういうものには興味があった。そうして恐らくこの地図には、秘密があろうと考えた。
「うむ、こいつあ甲州の地図だ。……ははあ、こいつが釜無川だな。……おおここに記号《しるし》がある」
釜無川の川岸に朱で二重丸が入れてあった。
で、友蔵は腕を組み、じっと何かを考え込んだ。
さてその翌日の早朝であったが、甲
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