勿論義哉もカッとなった。しかし義哉は芸人であって、忍耐性に富んでいた。それで、別に顔色をかえず、冷やかに相手を見返した。
「小堀氏、何と思われるな?」
 琵琶師風の浪士は嘲笑うように「さぞ憤慨に堪えられますまいな」
「破壊、放火、殺人というような殺伐なことは大嫌いでござる。こういう意味から云う時は、勿論|貴所《きしょ》方の計画を、快く思うことは出来ませんな」義哉は憚らず思う所を云った。
「将軍に対する反逆については?」
「それとてよくはござらぬな。しかし、大勢というものは、多数の意嚮《いこう》に帰するものでござる。天下は一人の天下ではなく、即ち天下の天下でござる、いや、帝の天下でござる」
「しかし、貴殿は旗本とのこと、すれば将軍は直接の主君、それに反抗するこの我々をさぞ憎く覚し召さりょうな?」
「さようでござる、普通にはな」義哉は敢て興奮もせず「しかしそれより実の所は、勤王、左幕の衝突の結果、世間がいつ迄もおちつかず[#「おちつかず」に傍点]、その為芸道の廃れを見るのが、拙者にとっては残念でござるよ」
「ナニ、芸道とな? 何の芸道?」
「清元、常磐津《ときわづ》、長唄、新内、その他一般の三味線学でござる。日本古来よりの芸道でござる」
 これを聞くと浪士達は、一度にドッと笑い出した。それから口々に罵った。
「アッハハハ、沙汰の限りだ。こういう武士があればこそ、徳川の天下は亡びるのだ」
「両刀をたばさむ[#「たばさむ」に傍点]武士たるものが、遊芸音曲に味方するとは、さてさて武士道もすたれたものでござるな」
「諸君、そういったものでもない」こう静かに止めたのは、例の琵琶師風の浪士であった。どうやら一座の頭目らしい。グイと義哉の方へ膝を進めたが、
「いや仰せごもっともでござる。武道であれ遊芸であれ、人の世に必要があればこそ、産れもし繁栄も致すので、この世に用のないものなら、産れもせねば繁昌もしまい。せっかく栄えた遊芸道が、衰退に向うということは、それを愛する人々にとり、遺憾であるに相違ござらぬ。……がそれはともかくとして、たとえ偶然であろうとも、我らが集会へ突然参られ、一切の秘密を知ったからは、お気の毒ながら安穏に、お帰しすることは出来ませんでな」
 さも笑止だというように、こう云うとその浪士は微笑した。
 どうせ無事ではあるまいと、ひそかに覚悟はしていたものの、いよいよこ
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