師《こまし》に扮したもの、又は大工又は屑屋、後の二人は商人風に、縞の衣裳を着ていたが、いずれも鋭い眼光や、刀を左右に引き付けている様子で、武士であることが見て取られた。
 そうして彼らの真中に一葉の図面が置かれてあったが、他ならぬ千代田城の図面であった。
「これは浪士だ! 浪士の密会だ!」早くも察した小堀義哉は戦慄せざるを得なかった。
 浪士達の方でも驚いたらしく、互に顔を見合わせたが、
「これは人違いだ。本庄《ほんじょう》氏ではない」琵琶師に扮した一人が云った。
「貴殿は一体何者かな?」
「拙者は旗本、小堀と申すもの、人を迫っ駆けて参ったものでござる」義哉は正直に打ち明けた。
「実は空家と存じましてな」
「左様、ここは空家でござる。……幽霊屋敷で通っている。外桜田の毛脛《けずね》屋敷でござる」
 これを聞くと小堀義哉[#「義哉」は底本では「直哉」]は、「ああそうか」と思わず云った。天井から毛脛が下がって来て悪戯をするという所から、外桜田[#「外桜田」は底本では「下桜田」]の毛脛[#「毛脛」は底本では「下脛」]屋敷と呼ばれ、いつまで経っても住手のない家が、一軒あるという噂は、既に以前に聞いていた。「はああそれでは浪士どもが、集会の用に立てようため、そんな気味の悪い噂を立て、人を付近に近寄せないのだな」こう考えて来ていよいよ義哉は身の危険に戦慄《おのの》いた。
 その時浪士たちは顔を寄せ合い、しばらくヒソヒソ相談したが、
「さて小堀義哉氏とやら、我々を何と覚しめすな?」琵琶師風の一人がやがて云った。
「姿はさまざまに※[#「にんべん+肖」、第4水準2−1−52]《やつ》しては居れど、浪士方と存ぜられます」
「いかにも左様、浪士でござる。……何の為の会合とおぼしめすな?」
「それはトント存じませんな」
「この図面、ご存知かな?」
 琵琶師は図面を指差した。
「千代田の城の図面でござろう」
 すると浪士は頷いたが、
「実は我ら千代田城へ、火を掛けようと存じましてな。それで会合をして居るのでござる」
 家常茶飯事でも話すように、こう浪士はスラスラと云った。そうしてじっと[#「じっと」に傍点]眼を据えて、義哉の顔を見守った。

17[#「17」は縦中横]

 主君も主君将軍家の城を、焼打ちにしようというのであるから、これが普通の幕臣なら、カッと逆上《のぼせ》るに違いない。
 
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