のように明かされてみれば、義哉としても恐ろしかった。彼は下俯向き、黙って唇を噛みしめた。
「しかし貴殿はたった一人、それに反して我らは十人、一度にかかっては後の人に、卑怯の譏りを受けるでござろう。そこで一人ずつの真剣勝負、最初に拙者がお相手致す、お立合い下さることなりますまいかな」
言葉は丁寧ではあったけれど、語韻に云われぬ殺気があって、義哉の心をおびやかした。
「その立合いなら無駄でござる」やがて義哉は冷やかに云った。
「ほほう、それは何故でござるな?」
「なぜと申して、立ち合ったが最後、負けるに相違ござらぬからな」
「ふうむ、それで、厭とおっしゃるか」さも案外だと云うように、
「しかし、それでは卑怯でござるぞ」
「負けると知って剣を合わせ、万一の僥倖を期する者こそ、即ち卑怯と申すもの。拙者はそれとは反対でござる」
「なるほど」と浪士はそれを聞くと、どうやら感心したらしかった。「と申してこのままお帰ししては、秘密の洩れるおそれがある。いよいよお立合い下さらぬとあっては、お気の毒ながら一刀の下に……」
「よろしゅうござる、お斬りなされ」
いよいよ不可《いけ》ないと知ってからは、却って捨身の度胸が定《き》まり、義哉の心は澄み返った。そこで、膝へ両手を重ね、頸をグイと前へ延ばした。
それと見てとると例の浪士は、やおら立ち上って太刀を抜いたが、「神妙のお覚悟感じ入ってござる、何か遺言はござらぬかな」
「左様」と云って首をかしげたが「ちょっと三味線をお貸し下され」
ここに至って浪士どもは、唖然たらざるを得なかった。
「何になさるな?」と例の浪士が訊いた。
「中途で弾き止めた清元の『山姥《やまうば》』、今生《こんじょう》の思い出に了《お》えとうござる」
「ははあ」と云うと例の浪士は、仲間の者と眼を見合わせたが、やがて頤で合図をした。瞽女《ごぜ》に扮した浪士の一人が、そこで三味線を押しやった。
艶《えん》に床《ゆか》しい三味線の音色が、毛脛屋敷から洩れたのは、それから間もなくのことであった。
18[#「18」は縦中横]
ちょうど同じ夜のことであったが、芝三田の義哉《よしや》の家では、奇怪な事件が行なわれた。主人義哉が出かけて行った後、小間使のお花は雇女《ばあや》と一緒に、台所で炊事を手伝っていた。
と、口笛の音がした。
物みな懐かしい春の宵で、後庭では桜が散
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