《たっしゃ》で勤めて居りまする」
「ご出世しやアしませんかね?」
「これはこれはどうしてご存知? いかにもその後立身致し、以前は拙者より位置が下、しかるに今では拙者の位置まで経登ったと申すこと」
「アッハハハ、思った通りだ。アッハハハ、お手の筋だ。肚《はら》の皮のよじれる話、飛んだ浮世は猿芝居だ。アッハハハ、こりゃ耐《たま》らぬ」
長庵両手で横っ腹を抑え、さも可笑《おか》しそうに笑いこけたが、
「もし、旦那、お前様は、思ったよりも輪をかけて、塩が不足でござんすねえ。平ったく云えば甘いお人じゃ。この長庵から見ますれば、旦那などは鼻《はな》っ垂らし、と云って憤《おこ》っちゃ不可《いけ》ませんぜ、鼻っ垂らしのデクの棒、お話しにも何にもなりゃアしねえ。……それはそうと、今日が日にも、やはり貴郎《あなた》様は松平様へ帰参がきっと叶うものと信じておいでなさいますかえ?」
「云うまでもないこと、きっと叶う」
あんまり長庵に笑われたので、道十郎はムッとしたが、そこは性来の穏しさで、グッと抑えて何気なく、
「帰参が叶うと思えばこそ、こんな零落のその中でも、紋服一領は持って居ります。新しく需《もと》め
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