党だけに、調子を変えて高笑い。
「ワッハハハ、嘘だ嘘だ。娘を売った血のでる金、何で俺が借りるものか。ワッハハハ気にしねえがいい」
――で、ホッと安心し、顔色を直した十兵衛が、明日は四時《よつ》立ちで帰家《かえ》ると云い、隣室へ引き取って行った後を、長庵胸へ腕を組んだが、さてこれからが大変である。
他人の科を身に引き受け
「飛び込んで来た福の神、六十両の大金を、外へ逃がしちゃ冥利に尽きる。どうがなこっちへ巻き上げてえものだ」
思案に耽っているその折柄、玄関で訪《おとな》う声がする。
「ご免下され、ご免下され」
呼吸《いき》苦しそうな声である。長庵方の施療患者、浪人藤掛道十郎である。足駄《あしだ》を穿き雨傘を持ちしょんぼり[#「しょんぼり」に傍点]として立っている。
「藤掛殿か、先ずお上り」
気が無さそうに長庵が云う。
「ご免下され」と上って来た。三十四五の年格好、顔色青褪め骨突起し、見る影もなく窶れている。目鼻立ちは先ず尋常、才気はどうやらなさそうではあるが、誠実の点では退けを取るまい。孔子のいわゆる仁に近しと云うその朴訥《ぼくとつ》には遺憾がない。
「いかがでござるなご容態は
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