?」
 世間並の医者らしく長庵こんなことも訊いて見る。
「長庵老のお蔭をもち近来めっきり元気付きましてござる」
「それはそれは何より結構。どれお脈拝見しましょうかな」
 などと口では云いながら心の中では反対である。
「この病気が癒るものか。無比の難症労咳だからな」
 形ばかりに脈を見ると。
「今日は大いによろしゅうござる。どれ煎薬でも差し上げましょう。……ところで何時《いつ》かお尋ねしようと、窃《ひそ》かに存じて居りましたが、ご貴殿ご旧主は誰人《どなた》様でござるな?」
「おお、拙者の旧主人でござるか」
 旧主のことを尋ねられたことが、道十郎には嬉しかったと見え、影の薄い顔へ笑《えみ》を湛えたが、
「信州上田五万三千石、松平伊賀守が旧主人でござるよ」
「おお左様でござりましたか。伊賀守様はご名門、それに知恵者でおわすとのこと、そういう立派のご主人を離れ、どうしてご浪人なされましたかな?」
「それには深い子細がござる」道十郎は暗然としたが、
「実は朋友を救うため好んで浪人したのでござる」
「朋友をお救いなさるため? ははあ左様でございますか」
「お話し致そう、お聞き下され。……今から思え
前へ 次へ
全19ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング