云うものさな」
「お有難う存じました。もうもう嬉《うれ》しくて嬉しくて」
「そんなにお前嬉しいか?」
「嬉しいどころではござりませぬ」
「ふうむ、しかし、ナア十兵衛、嬉しい有難いと口だけで云っても、形がなけりゃ変なものさな」
 ギロリと眼を剥きズッシリ[#「ズッシリ」は底本では「ヅッシリ」]と云う。
「へ、形と申しますと?」
「形は形、それだけよ、他にどうも云いようはねえ」
「へえ」と云ったが田舎者、十兵衛には謎が解けそうもない。
「実はな、お前とこの俺とは義理ある仲の兄弟だ、俺の妹がお前の女房、だからお前が江戸へ出て来て、俺の家で草鞋《わらじ》を脱ぎ、五日と云うもの食い仆し、それ駕籠賃だ、やれ印判料《はんしろ》だ、ちょくちょく使った小使銭、そんな物を返せとは云わねえ。何の俺が云うものか。とは云え楽屋をサラケ出せば、今長庵はご難場なのよ。それはお前にも解《わか》っているはずだ。さてそこでご相談、何とお前の持っている六十両の金の中から、三十両貸してくれめえか」
 これを聞くと十兵衛は、颯とばかりに顔色を変えた。早くも見て取った村井長庵、「ハハア、こいつア貸しそうもないな」……こう思うと悪
前へ 次へ
全19ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング