駕籠の垂。生白い物の閃めいたは、女の腕に相違ない。
「ワッ」と云う長庵の声。ガックリ膝を泥に突き、手を廻すと脛に立った、小柄をグイと引き抜いたが、
「や、こいつア銀の平打! さては手前は!」と振り返る、その眼の前にスンナリと駕籠に寄り添い立った姿、立兵庫《たてひょうご》にお裲襠《かいどり》、大籬の太夫職だ。
「ううむ、そうか、女泥棒!」
「あいさ、妾ア花魁《おいらん》泥棒! こう姿を見せたからにゃア、半金では不承だよ」
「何の手前に」と懐中を抑える。
「おや、よこすのが厭なのかえ」
「世に名高けえ泥棒でも、たかが女、滅多にゃ負けねえ」
「おお、そうかえ、ではお止し」
 繊手を延ばすと髪へ障《さ》わり、
「もう一本見舞おうかね。左の眼かえ右の眼かえ。それとも額の真中かえ」
 長庵は黙って突立っている。
 突然財布を投げ出した。
「上にゃ上があるものだなあ」
「それでも器用に投げ出したね。命冥加の坊主だよ」
 途端に、人影バラバラと物の影から現われたが、
「姐御、駕籠に召しましょう」
 ズラリ駕籠を取り巻いた。十五六人の同勢である。
「姐御はお止し、太夫さんだよ」
 云い捨て駕籠へポンと乗
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