近寄ったが、足で死骸を確《しっか》り踏むと、左の耳根から右の耳根までプッツリ止めの刀を差し、刀を持ち替え右手を延ばすと、死骸の懐中から革の財布をズルズルズルと引き出した。
「六十両」とニタリと笑い、ツルツルと懐中へ手繰り込むや、落ち散っている雨傘を死骸の側へポンと蹴った。
さて、スタスタ行き過ぎようとする。
「オイ坊さん、お待ちなねえ」と、仇めいた女の声がした。
ハッと驚いた長庵が、声のする方へ眼をやると、いつ来てそこへ捨られたものか、道の真中《まんなか》に女駕籠が引き戸を閉じたまま置かれてある。
「俺を呼んだはどこのどいつだ」
女駕籠と見て取って、長庵にわかに元気付く。
「ホ、ホ、ホ、ホ」と駕籠の中から、艶かしい笑い声が聞こえたが、
「おまはん余程《よっぽど》強そうだねえ」
こう云った声には凄気がある。
「ねえ、おまはん、可愛い人や、坊主色に持ちゃ心から可愛! ホ、ホ、ホ、ホおい坊さん、お城坊主かお寺さんかそれとも殿医奥医師か、そんな事アどうでもいい。そんな事アどうでもいいが、円い頭の手前もあろうに、殺生の事をしたじゃアないか。たかが相手は田舎者。追剥《おいおどし》もいいけれ
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